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親の所有物ではない

 子は、親の思う通りには動いてくれません。
とくに生まれたばかりの赤ちゃんは、親の都合に合わせて寝たり起きたり排泄したり、飲んだり食べたり、 などしてはくれません。いつまでも泣いて泣きやまなかったり、夜もなかなか寝てくれなかったり、せっかく手作りした離乳食を少ししか食べないどころかグチャグチャにして遊んでしまったりと、小さな子ほど手に負えないと感じる場面が多いことでしょう。
 初めから、子は思うようにはならないもの、と頭を切り替えて向かい合うことも大事です。今はとても手がかかっても、いつかは自分ひとりの力で世の中を切り開いて生きていけるように、そのための準備をしていると考えましょう。日々、子の自立のための支援をしていると思いましょう。
 いずれ始まる集団生活になじめるように、その頃までには、早寝早起き朝ごはん、なんでも好き嫌いなく食べられるように、排泄もできるだけ規則正しく、といった基本的生活習慣を身につけさせていくのが、まずは親の最初の大仕事。それも、力ずくでなく、なだめすかししながら、ときには、こどもにもよくわかる言葉でこんこんと説明をしてあげながら、気長にいくしかありません。一日やそこらでうまくいくはずがないのです。親の方が先にキレてしまっては、先に進めません。
未知の可能性を秘めたこどもが社会生活にうまく順応できるように育てていくには、気の遠くなるような長い時間と辛抱が、じつは必要なのです。それは過ぎてみないと理解できないかもしれません。
このプロセスで、親が勘違いして先を急ごうとすると、虐待などの不幸が起きてしまいます。
親の描くストーリー通りに行かないと、つい、かっとなって手を挙げてしまう、声を荒げて暴言を吐く、冷たい目でわが子をにらみつけてしまう。あるいは見て見ぬふりをして無視する。親ならば誰でもはまりやすい落とし穴です。
 かんじんなのは、ただ、ひたすら目の前の子を見つめ、見守ることではないでしょうか。そして親自身が 勝手に描いた未来予想図に、振り回されないようにすることでしょう。親の夢に子を合わせようとしてはいけないのです。子は親の所有物ではありません。今は小さな身体で無力ではあっても、子は子で、独自の長い人生を歩んでいく、親とはまったく別人格の一個人であることを忘れてはいけません。所有物でなくても 親は責任を持って子を育て上げる、それが親と子の縁なのでしょう。
 思い通りにはならない小さな子と毎日つきあっていく。それは本当に大変なことです。でもそのことを通して、親は親としての修行を積んでいきます。初めから上手に完璧に、子を育てられる親など、おそらくいないでしょう。
子が思い通りにならなくても我慢して待つこと。どうしても危険なことと他人に非常に迷惑になることはしないようにと、きっちり教えること。
他は、少しくらいのことならば大目に見て、親自身も心のゆとりを失わないでいられること。
そうして親としての修行を積んでいくと、それが家族全体の穏やかな気持ちにつながり、やがて訪れる嵐のような思春期も、きっと、家族全体の力でなんとか切り抜けていくことができると思います。
 子育ての道は長く、険しいことも多々あります。それでも、こどもを育てあげていくことは、何ものにも 代えがたい喜びを家族みんなにもたらしてくれるものと信じます。そうして獲得した家族の力こそが、経済力などではとてもかなわない、長い人生の中で何度も何度も困難を切り抜けていくための最強ツールであると感じています。  

これは、2010年12月に岩田こどもクリニック待合室に掲示されたエッセイです。

岩田裕子先生

1977年、千葉大学医学部卒業。
千葉県内の病院で小児科勤務医として研鑽したのち、1994年、千葉市にて小児科クリニックを開業。
2004年~2008年 千葉市小児科医会会長
2008年 千葉市医師会 理事

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